聡明なる粗忽者

 かの八兵衛は本当に粗忽者なのだろうか。確かに「うっかり」ではある。しかし単なる粗忽者を、あの水戸光圀が諸国漫遊の旅に連れて行くだろうか。水戸藩の正式な家臣である「助さん・格さん」、諜報担当の「弥七・お銀・飛猿」、八兵衛は・・・、単なる下働き。出自も身分も定かではなく、地位も名誉も特技もない。八兵衛はそんな下働き、一緒に旅する役目ある仲間に対しても相当気を遣っていたのだろうか。何にしろ水戸光圀に相当気に入られていたに違いない。

 振り返ってみれば、当時下々の者が歴史の最上段に立つことが往々にしてある。蘇我の馬子・入鹿、藤原不比等、弓削の道鏡、そして同時代では綱吉の側用人の柳沢美濃守吉保である。彼らは権威者の寵愛を背景に自らの才覚と実力により、権勢を欲しいままにした。権威者を絡め取り、追随者を払い落とし、その権力を強化した。

 水戸光圀に気に入られていられていた我らが八兵衛、彼は何故なのだろう。水戸光圀が聡明だったせいもあろうが、やはり粗忽故に権力を握れなかったのだろうか。何故だろうか。彼は庶民であった。全くの庶民である。そして水戸黄門は庶民の味方、そのために諸国を漫遊しているのである。

 彼が全面に出て水戸黄門に成り代わってしまったらどうなるのか。水戸黄門を籠絡し供の者どもをけ落としたら・・・、諸国漫遊はどうなるのか。権力に目覚めた八兵衛は庶民のためにはならぬもの。庶民のために彼は目覚めてはならない。彼は吉保の悪行を感じていたのだ。

 権力の魔力に「うっかり」取り憑かれないために、「うっかり」とその気にならないように、自らを戒めるために、自分の名前を「うっかり」と形容したのであろう。今日も彼はやっぱり「うっかり八兵衛」である。

http://www.hatena.ne.jp/1066377243