渡れない

 「片寄れぇ、片寄れ」「片寄れぇ、片寄れ」、長い行列が続きます。「片寄れぇ、片寄れ」「片寄れぇ、片寄れ」、行列の先頭では毛槍らしきものが華やかに舞い、背負った箱がゆるゆると揺らされていたりと、なかなか見せてくれます。中程には数々の武具、馬や駕籠で彩られ、勿論、ぞろぞろ歩いているのもいます。それにしても長い行列、長々と歩いてきたためか、最後尾が全く見えません。

 なかなかの風景なのですが、しげしげと見ていると供侍に何をされるか解りません。行列が近づく前にとっとと避けるか、通りすぎるまでしばしその場で静かに我慢するか、こんなことは土地の人には常識なのです。この種の行列はこの国では常識、お偉いさん1人に取り巻きが群れなし統制される。その対処も常識、回避か迎合か、間違っても無視はいけません。

 とここに4人からなる馬上人、無知なるものは恐ろしきか、物珍しげに見る風景に誘われるようにふらふらと近づきます。異国の風情に初め興奮気味の4人も、なかなか終わらない行列にだんだんと退屈になり、そろそろと動き出す気配です。うまい具合に行列も疎らになり、つい渡ってしまったのです。正確には渡りかけた途中で、つかつかと近づいた供侍に制止されたのです。それを振り切ろうとしたところに、その惨劇*1は起きたのです。

 この国の常識では行列を止める絶対にできません。威信にかけて命すら賭けて絶対に出来ないことなのです。遙か海を渡ってこの地に来たからには、それなりの覚悟もあったのでしょう。でも、ただ道を渡っただけで・・・、彼には理解できたでしょうか、この国の常識を。「長いものには巻かれろ」と古の人は言いました。

 後日、本当に長いものが何であるのか解った*2のですが、既に詮無いことです。あの140年ほど前の一連の事件を学習したのかは定かではありませんが、もっともっと後日に起こったこの事件では、「行列を止めた」勇気に人々が安堵したのは言うまでもありません。

http://www.hatena.ne.jp/1065831369

*1:偽伝 生麦事件

*2:偽伝 薩英戦争